事故や自然災害など、突然襲いかかる予期せぬ出来事が起こることがあります。
そんな危険な場面では、ほんの一瞬の判断が運命を左右することも少なくありません。
もし自分が奇跡的に助かったとしても、「どうして自分だけが生き延びたのだろう」「周囲の人をもっと助けられなかったのか」といった罪悪感に駆られることがあります。
この感情こそが「サバイバーズギルト」と呼ばれ、心に深い傷を刻む原因となります。
実際に、サバイバーズギルトを抱える人に対して、周りの励ましが逆効果となり、さらに苦しみを増幅させる場合もあります。
本稿では、サバイバーズギルトの概念を紹介します。
また、自然災害時に起こる可能性のある心の変化や、それにどう対処すべきかについても触れ、私たちがどのように助け合うべきかを考えます。
将来的に起こりうる自然災害への備えとしても、心のケアについての知識を得ることは重要といえます。
サバイバーズギルトとは?
サバイバーズギルトという言葉は、実際にその苦しみを味わった経験がある人以外には、聞き慣れないかもしれません。その定義をより深く知ることで、理解が進むでしょう。
サバイバーズギルトの意味
サバイバーズギルトとは、事故や災害、犯罪、虐待などを経験しても幸運にも生き残った人が、「自分だけ助かったこと」に対して抱く罪悪感を指します。
この名称は「サバイバー(生き残った者)」と「ギルト(罪悪感)」の組み合わせで、第二次世界大戦中のホロコーストや原爆投下、特攻隊など、数多くの戦争や大規模災害で生き延びた人々の心の傷として広く知られるようになりました。
今日では、戦争だけでなく自然災害や事故、大規模事件などを生き延びた人がサバイバーズギルトを抱えるケースが増加しているとされています。
命の危機を振り返る中で「もしもっと早く気づけていたら救えたのではないか」と感じ、強い自責の念に駆られやすいのが特徴です。
こうした心理は広い意味でPTSD(心的外傷後ストレス障害)と関連し、サバイバーズギルト自体もPTSDと同様の治療法が有効だと考えられています。
次の項目では、サバイバーズギルトがどのような状況で生じやすいのかを具体的に見ていきましょう。
サバイバーズギルトが生じる可能性がある状況
サバイバーズギルトは、多くの場合、命が脅かされる場面や、大切な存在を喪失する出来事を経た際に生じやすいといわれています。
ここでは、代表的な場面をいくつか例として挙げ、それぞれを解説します。
自然災害
日本でPTSDが広く知られる契機となったのは、1995年の阪神淡路大震災でした。
この震災では多くの人が心身の不調を訴え、その中にはサバイバーズギルトに苦しむ被災者も数多く含まれていたといいます。
自然災害は突然発生するうえ、その被害は甚大になることが多く、命の危険だけでなく、愛する人を失ったり生活基盤が失われたりするなど、心的負荷が長期的に続きやすいのです。
また、災害対応にあたる自衛隊員や消防隊員、ボランティア、メディア関係者なども悲惨な状況を直視することでPTSDを発症することがあり、サバイバーズギルトに陥る例も報告されています。
東日本大震災や熊本地震、九州北部豪雨災害など、近年でも大きな災害が相次いでおり、こうした経験からサバイバーズギルトへの対応の重要性がますます高まっています。
犯罪や事故
先が読めない状況で起きる残酷な犯罪や大きな事故も、サバイバーズギルトを引き起こす原因となります。
1995年の地下鉄サリン事件はPTSDを広く認識させる一因となり、被害者の多くがその後の生活に深刻な影響を受けました。
さらに、1985年の日航機墜落事故では、犠牲者の遺族が「別の便を選んでいれば」と自らを責め、サバイバーズギルトに苛まれた例が知られています。
地下鉄サリン事件の場合、被害者だけでなく駅員や救急隊員の中にもPTSDの症状が出たケースがあり、サバイバーズギルトは被害者当人だけでなく、間接的に関わった人にも生じることがあるといえます。
いじめ・レイプなどの被害
理不尽な出来事は誰にでも降りかかる可能性がありますが、いじめやレイプによるPTSDも増えていると注目されています。
これらは精神的・肉体的な苦痛を与える行為で、PTSDを発症しやすい要因として知られています。
中には、自死を選択せざるを得ないほど追い詰められるケースもあります。
特にいじめは成長期に起こりやすいため、仲間や愛情への信頼が損なわれ、人生に長期的な悪影響を及ぼしがちです。
一方でレイプ被害は、自己肯定感を深く傷つけるため、サバイバーズギルトがより深刻化しやすいといわれています。
また、被害者は「怖い」「恥ずかしい」といった理由で周囲に知らせられず、孤立して苦しむことが多い点も問題です。
戦争における経験
戦争の現場では信じられないほどの悲惨な体験が起こり、兵士も民間人も重いトラウマを負うことがあります。
ベトナム戦争帰還兵の事例から、PTSDに関する研究が進展したともいわれるほどです。
戦争は「殺す側」と「殺される側」が同時に深い心の傷を抱える状況であり、生き残った人々にサバイバーズギルトが生じる例は少なくありません。
第二次世界大戦でのホロコーストや広島、長崎への原爆投下がその代表例であり、価値観を揺さぶる出来事の連続が、強い心的負荷をもたらします。
戦争体験は非常に根深く、時間が経過しても後遺症やフラッシュバックが続く場合があります。
家庭内暴力や虐待
昨今、家庭内の暴力や児童虐待の問題が注目されています。
自然災害や事故と異なり、長期にわたり続くことが多いのが特徴です。
子どもの場合、暴力や虐待を継続的に受けることで人格否定が常態化し、自己肯定感を失ったまま成長することになります。
このような家庭の問題は表面化しにくく、深刻化しやすいのが実情です。
その結果、PTSDとして心身に症状が現れ、サバイバーズギルトも長引いてしまう場合があるのです。
大人になっても当時の記憶に苦しみ、日常生活への影響が続くケースは少なくありません。
死に関する出来事
人は本能的に死を恐れます。災害や事故だけでなく、寿命による死であっても、近親者や大切な人の死に触れると強いショックを受けます。
恋人が事故で命を落とす場面を目撃したり、家族を津波で失ったりした場合、その記憶が消えることなく残り、サバイバーズギルトとして「自分だけ生き残った」という感情が強くなりやすいのです。
結果として、喪失感と罪悪感が複雑に絡まり合い、長期にわたって心の傷を抱えることになります。
サバイバーズギルトに悩む人への対応方法
命を脅かされる体験や、大切な人との別れからくる深い悲しみ、そして「なぜ自分が助かったのか」という後ろめたさ――これらが混ざり合ったサバイバーズギルトは、家庭や学校といった身近な環境でも起こり得る問題です。
周囲にサバイバーズギルトで苦しむ人がいるなら、「力になりたい」と思うのは自然な気持ちですが、接し方を誤れば相手をさらに傷つけてしまう危険もあります。
ここでは、サバイバーズギルトに苦しむ人への適切な関わり方を見ていきましょう。
サバイバーズギルトの代表的な症状
サバイバーズギルトはPTSD(心的外傷後ストレス障害)の一形態として見ることができます。
そのため、PTSD特有の症状を通じてサバイバーズギルトの状態を知ることが可能です。
主な症状の三大要素
サバイバーズギルトを抱えた人には、PTSDに典型的な下記の3つの症状がよくみられます。
- 再体験
- 回避・麻痺
- 過覚醒
再体験とは、トラウマとなった出来事が繰り返し頭の中で蘇り、フラッシュバックや悪夢として何度も体験する状態です。そのため、あのときの恐怖が再び起こるのではないかという感覚に苛まれます。次に回避・麻痺では、こうしたつらい記憶を少しでも思い出さないように感情を鈍くする傾向が出るなど、解離性健忘を含む症状が見られることがあります。そして最終的に、過覚醒状態に陥る場合があります。これは「次も何か恐ろしいことが起こるのでは」と常に身構える状況で、不眠や神経の過敏、集中力の低下といった弊害をもたらします。
その他の症状
サバイバーズギルトが重症化してくると、PTSDの症状が心だけでなく身体にも波及します。自律神経の緊張が長期化し、以下のような問題が起こりやすくなります。
- 動悸やめまい
- 手足の震え
- 過換気症候群(過呼吸)
- 継続的な倦怠感
- 不眠による体調不良
- 体重の大幅な減少
- 胃腸の不調
- 月経不順
これらの症状は薬による一時的な対処で緩和されることはありますが、根本原因であるサバイバーズギルトを解消しない限り、フラッシュバックが起きるたびに再発するリスクがあります。継続的な支援が必要となるゆえんです。
サバイバーズギルトを抱える人にかけるべき言葉(避けるべき言葉も含む)
サバイバーズギルトを抱えている人は、精神的にも身体的にも極度のストレス状態にあるため、日常生活に大きな支障をきたしている場合が多いです。このような状況下では、無理に励ましの言葉を投げかけるより、「聴く」姿勢を大切にする方が望ましいとされています。相手の言葉に耳を傾ける「傾聴」が、何よりも大きな力になるからです。
心理学者ロジャーズの考えによると、傾聴の基本要素には以下の3点が含まれます。
- 自己一致:自分を取り繕わず、自然体で接する
- 無条件の肯定的配慮:相手を否定せずに受け止める
- 共感的理解:相手の気持ちを推し量り、思いを共有する
サバイバーズギルトを抱える人が語る内容は、他の人に理解されにくいことが多いため、あれこれ聞き出そうとせず、ただ寄り添って聴く姿勢が肝心です。逆に、絶対に避けるべき言葉の例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 「これでよかったのだと思います」
- 「寿命だったのかもしれません」
- 「頑張って乗り越えましょう」
- 「やれるだけのことはやったでしょう」
- 「人には耐えられる試練しか訪れないものです」
- 「もっと大変なことが起こった可能性もありますよ」
- 「他に犠牲者が増えなくてよかったですね」
いずれも、当事者の感情とはかけ離れた視点からの言葉であり、その苦しみに寄り添ったものではありません。このようなフレーズは相手を追い詰める恐れがあるので控えましょう。
サバイバーズギルトに対する最も大きな「心の支え」とは?
サバイバーズギルトなどのPTSD症状を抱える人への対応は細心の注意が必要ですが、だからといって関わることを避けてしまうのは逆効果です。
実は、当事者にとって最大の心の支えとなるのは、家族や友人など身近な存在との絆だといわれています。
1995年の阪神淡路大震災では、日本赤十字社が被災した人々を対象に調査を行ったところ、「災害体験を誰と話したか」という問いに対し、もっとも多かった回答は「家族・親戚」「震災前からの友人」でした。
これは、人間関係の基盤が日頃から築かれている相手ほど、非常時にも安心感を得やすいことを示唆しています。
社会全体が希薄化する現代ですが、身近な人とのつながりが、いざという時の大きな支えになることを改めて覚えておきましょう。
もし知り合いの中に長く連絡を取っていない人がいて、災害や事故を経験したと耳にしたら、一度連絡をとってみるのも大切な行動です。あなたの存在が、その人の救いになるかもしれません。
サバイバーズギルトと自然災害(震災)
近年、サバイバーズギルトの中でも特に注目されているのが、自然災害を経験した人々への心のケアです。
大規模災害の後には、どのような心理的な変化が起こり、それがサバイバーズギルトにつながるのか、理解を深める必要があります。
災害時の心理的な反応
大きな地震などが引き起こすサバイバーズギルトは、「震災トラウマ」としても言及されることがあります。
2011年3月11日の東日本大震災では、地震だけでなく津波や原発事故、さらには風評被害が連鎖的に発生し、現在でも多くの人が精神的なケアを必要としています。
さらに昨今は、毎年のように豪雨災害などが起こり、多数の死者が出ているのが実情です。今後も起こりうる自然災害への対処を考えるうえで、災害時にみられる心理的反応を整理することは有用です。
警戒期
災害が予測可能な場合(台風や豪雨など)には、「警戒期」が心理段階の第一歩となります。天気予報や河川の水位情報により、「もし災害が起きたら…」と神経を張り詰める期間です。一方、地震など予測が難しいケースでは、警戒期を経ることなくいきなり「衝撃期」に突入することもあります。
衝撃期
実際に災害が起こると、あまりにも急激な状況変化により、茫然自失や極度の緊張などが生じる「衝撃期」を迎えます。東日本大震災においては、津波で多くの命が奪われた事実を受け入れられず、否認や感情の麻痺に陥る遺族も少なくありませんでした。この時期は主に災害発生から1週間ほど続くとされ、支援者も被災地の状況把握や救援活動に追われるため、本格的なメンタルケアが後回しになりがちです。しかし、本来であればこの段階から心のサポートを手厚く行うことが望ましいとされています。
ハネムーン期
衝撃期を抜けて少し落ち着きが出てくると、地域や外部ボランティア同士の助け合いによって連帯感が高まり、被災者が一見元気を取り戻す「ハネムーン期」に入ります。しかし、この時期は大切なものを失った苦しみが内面に蓄積していることが多く、急性ストレス反応障害(ASD)を発症する人もいます。フラッシュバックや不眠に悩むなど、サバイバーズギルトの症状が次第に顕在化してくる可能性があるため、周囲の人々や支援者は細かい変化に目を配る必要があります。また、支援活動に熱心な人ほど「二次受傷」に陥ることもあるため、支援者自身のケアも怠らないようにしましょう。
幻滅期
ハネムーン期の連帯感や上向きの気持ちが落ち着くと、失われたものの現実や、復旧の遅れなどに直面し、怒りや悲しみ、徒労感が増す「幻滅期」に移行します。この段階で「どうして自分だけが助かったのか」というサバイバーズギルトや、周囲の状況への不満が強まるケースがしばしば見られ、PTSDが顕著に出始める苦しい時期とも重なります。一方で、支援者側も疲れや限界を感じ、燃え尽き症候群を引き起こすなど、精神的に不安定になることがあります。実際に目にした体験や境遇の違いによって、ショックの度合いや症状は人それぞれ異なるため、被災者と支援者のどちらにもきめ細やかな心のサポートが必要となります。
災害時および災害後のサバイバーズギルトへの対応における注意点
災害発生時の心のケアをどのように行うか、あらかじめ準備しておくことがとても大切です。
平時から研修や啓発活動を充実させておけば、災害発生後にスムーズな支援体制を整えることができます。
実際の災害が起きた際には、初動での生活支援に加えて、早期に心のケアチームの派遣を要請し、被災者の状況を聞き取るなどの取り組みが求められます。
こうした準備が、サバイバーズギルトに苦しむ人たちを早めに救う手段となるのです。
ただし、慎重にケアを行ってもサバイバーズギルトを抱える人が出るのは避けられない面もあります。
そのときに一番留意すべきは、相手の領域に踏み込みすぎないことです。
心のケア活動では、その土地の住民による支援がもっとも望ましいとされています。
サバイバーズギルトを抱えている人にとって、いちばんの支えは「顔がわかる、普段からそばにいる人々」だからです。
この点を踏まえながら寄り添う支援を心がけましょう。
まとめ
サバイバーズギルトに苦しむ人にとって、最も求めているものは「なぐさめの言葉」ではなく、「耳を傾けてもらうこと」です。
相手の話を深く聴き、寄り添う姿勢こそが本当の支えになります。
ただし、本人が具体的なサポートを要望しているなら、正確な情報やアドバイスを提供することも大切です。その際、言葉選びには細心の注意を払いましょう。
また、話したがらない人に無理やり聞き出そうとするのは逆効果です。黙って側にいるだけのアプローチが最善の場合もあります。サバイバーズギルトの理解と対応において、最も重要なのは「心を支える」姿勢です。相手の苦しみに寄り添い、少しでも気持ちが軽くなるよう願う気持ちを持って接することで、きっとあなたは誰かの大きな助けになれるでしょう。
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